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プールの水が赤く染まった!

イングランドで発祥した水球が、海を渡ってアメリカへ伝わり大人気になったにも関わらず、失神者に怪我人が続出で水球競技そのものが禁止になったほど、かなり激しいまさに水中の格闘技といわれるのは、そんなところでも伺えますが日本ではまだ残念ながら、そこまでメジャースポーツではない水球が、どれだけ他の国で熱狂しているのか?!というケースをご紹介しましょう。

それがまさに新聞で「プールの水が赤く染まった!」とかなり大げさに誇張された見出しで世界中の新聞に掲載されました。この試合は1956年のメルボリンオリンピックでの出来事です。

ハンガリーvsソビエト因縁の戦い

1956年の社会情勢も背景に絡んでいます。ハンガリーではナジ・イムレという政治家が首相の座にいました。そしてナジ・イムレ政権では、脱ソビエト連邦を進めて自由化しようとしていました。ワルシャワ条約機構からも脱退して、ハンガリー中立という立場を表明したりと、着実に民主化の道を歩んでいたところ、そんなハンガリーに対して強行な手段をとったのがソビエト連邦です。その当時のソビエトは、スターリンが1953年に死去して1955年にはフルシチョフの指導体制が確立していました。

脱ソビエトそして民主化への道を歩んでいたハンガリーに対して、ソビエトは武力で制圧するというハンガリー動乱が起こった直後に1956年メルボリンオリンピックが開催しました。そして水球はなんかいもしつこいですが「水中の格闘技」であります。オリンピックの後に、ハンガリー選手団100名のうち45人が西側に亡命しています。どのような試合となったのでしょうか?

国の威信をかけて

メルボルンオリンピックの前の大会は、ヘルシンキ大会でした。そしてヘルシンキ大会でハンガリー代表チームは優勝していたチャンピオンチームでもあります。ハンガリーの水球代表チームは、ソ連が武力でハンガリー制圧をした当時は、ブタペストの山の上にあるキャンプ地でトレーニングキャンプ中でした。

トレーニングキャンプ地の山の上から、ブタペストの町をみると町から煙が立ち上ったり、銃声の音も聞こえていましたが、オリンピック開催まで残り2ヶ月というまさに最後の仕上げをする大事な時期だったこともあって、騒動に巻き込まれるのを避けるためにチェコソロバキア国境に移動して、そしてそのままオリンピック開催地のオーストラリアに到着します。そしてオーストラリアに到着して初めて母国のハンガリーがソ連によって武力弾圧されたことを知り、そして新聞の報道で規模の大きさも知る事になったので、家族だったり友人たちがこの武力弾圧に巻き込まれていないかどうかを気にしていました。

そしてオーストラリアでハンガリーの代表チームは、母国のハンガリーがソ連からの容赦ない武力弾圧されていることを知り、そしてハンガリーでは数多くの犠牲者が出ていることを知ります。そして、オリンピックでの戦いがハンガリー母国の誇りを守る場所だと選手達は考えるようになりました。ハンガリー代表選手のエルヴィン・サドル選手は試合の後にに「自分たちのためだけに試合をプレイするのではなく、ハンガリーの国の全体のために試合をすると感じていた」話していることからも、ハンガリー国を代表して祖国のために国全体のために試合に挑んだという強い決意が伺えます。

そしてオリンピックが開催される時点で、ソ連がハンガリーに行った蛮行は国際社会から広く知られる状態でした。そのためメルボルンオリンピックで行われた競技の中で、ハンガリーの代表チームや選手は、オリンピックを観戦している観客から、たくさんの多くの応援と声援を受けることになりました。

ソ連VSハンガリーという水球試合がいよいよ開始されますが、水球の試合開始となった直後からキックやパンチが繰り出されてかなり荒れた試合模様となりましたが、その中でハンガリー選手は観客からの熱い応援と声援を受け取り力として、ソ連を相手に戦います。エルヴィン・サドル選手はハンガリーが得点した4点のうち2点を獲得する活躍をしますが、ハンガリー4対0でソ連をおさえて勝利する終了直前のわずか数分間前に、ソ連の選手のバレンティン・プロコポフからのパンチを浴びてしまい右目の下をパンチを受けて流血する事態となります。

サドル選手の流血でプールの中におびただしい血が流れたことから「プールの水が赤く染まった」という報道が去れましたが、試合終了のわずか1分前の事態で観客はソ連の選手蛮行に対して激しく怒り、暴動になりそうな事態になったため試合終了まで1分を残して、試合は中断となって警察隊が水球競技の競技場にはいって怒った観客からソ連の選手を引き離した事態となりました。

流血をおったエルヴィン・サドル選手の怪我をした様子の写真が、世界中の新聞に掲載されたことでこのソ連VSハンガリーという水球試合は、【メルボルンの流血戦】として広く世界中に知られる試合となったので、水球の迫力あるプレーと水中の格闘技を表していることだといえると思います。