スポーツの魅力をたっぷりと♪

地域ぐるみでスポーツに親しむ

地域密着型の情報があれば、かなり役立ちます。それもかなりローカルに特化したものなら、もっと嬉しいものであります。たとえば野球やサッカーといったプロではなくて、近所のチームだったりスポ小のようなチーム情報の勝敗を知ることができたらいいのになぁ~と思います。スポーツ少年団などは子供が加入して入れば、当然ながら熱くあつーーく応援するのはもちろんのこと、チームの練習のときにもかなり父兄は借り出されます。お母さんはお茶の当番だったり、お父さんはコーチといった指導する立場として活躍します。

スポーツ少年団から部活へとかわっても、所属していたチームが地区大会に勝ち進んでいたっのかどうかが、かなり気になります。そんな時に、ローカルのスポーツ情報に特化したサイトがあれば、クリックしただけで試合結果が確認できるなんて最高じゃないですか~~!!自分が所属していなくても、お友達が所属しているチームがどうなっているのかを事前に知っていれば、トーナメント戦で勝ち進んでいたら応援にも行けるし差し入れだってできてしまいます。

週末になれば、野球の試合もあればサッカーの試合もあって、その他にもバレーボールもあればバスケットの試合だってあります。そして子ども達ばかりではなく、ママさんバレーボールだってあります。そして大人のフットサルもあったりと、子供だけではなくて大人も対象にした試合になると、膨大な数になります。そんな膨大な試合をいっぱつで簡単に試合結果が分かれば、次に対戦するチーム情報を知ることにも役立ちます。

「みかわ」という地域限定でスポーツ情報サイトがありました。「みかわ」つまり「三河」でしょう。「みかわ」と特定した地域には、豊橋・豊川・蒲郡・新城・田原という地域限定で、空手もあれば水泳大会とかなり幅広く「みかわ」の地域でのスポーツ情報サイトです。

みかわスポーツワールド

地元ならではの地域にしっかりと密着したローカルスポーツ情報をすべて集まっていると、なにかスポーツしたいな。と考えている時にも参考になります。みかわスポーツワールドがどれだけ地域密着型かというと、なんとママさんバレーの情報までも網羅していることです。もちろん中学高校生の競技会や予選会の結果も当日もしくは翌日には掲載されています。

高校球児の目標でもある「甲子園」での予選会などは新聞のローカル版で、翌日などに結果が掲載されます。高校サッカーも予選結果は掲載されますが、ママさんバレーの結果などはよっぽど大きな大会でもない限りは掲載されないのが普通です。それをママさんバレーも含めて、空手や水泳などの個人競技の結果までも掲載されるなんてなんてすごい地域密着型なんだ!と驚く限りです。

そしてケーブルテレビでも、「みかわスポーツワールド」というスポーツ番組を放送していて、大会結果であったり試合に出場した選手などにインタビューしたりという場面もあるので、お友達がインタビューを受けたり友達の友達という、ちょっとした顔見知りの方を見つけることができるというのも魅力的です。

プロの選手達の迫力たっぷりのプレーもいいですが、お友達のプレーや無心にスポーツを頑張っている子供の姿をみると元気になる。とアマチュアならではの楽しみもあります。プロになるかも??!!しれない子ども達の、無心にプレーする邪念のない姿をみると、一生懸命頑張ることの大事さを改めて感じることになるでしょう!

ローカルならでは、地域ぐるみで熱心に取り組んでいるスポーツなどもあるので地域に根ざしたスポーツを楽しむというのも、ステキな事だと思います。雪が降る地方では室内競技に力を入れていたり、静岡は子供からお年寄りまでのいろいろなサッカーチームがあったりと、やはり地域ごとに特色があります。住んでいる地域だからこそ、どんな試合結果だったのかがまるで高校野球の予選会結果が気になるのと同じように、友達が出場した試合結果を是非知りたいと思ってしまいます。

地域密着型

例えば「みかわスポールワールド」を例に取ると、東三河をカバーしています。東三河は豊橋市・豊川市・蒲郡市・新城市・田原市そして北設楽郡です。東三河という地域はこの地域全体が「豊橋」ナンバーであることというのも、東三河の結びつきを強く感じます。車両ナンバーが「豊橋」であることに加えて、東三河は尾張や西三河とも違っていて、方言も違えば食文化も違って、「東三河」独自の文化が歴史的にも保たれているからこそだと思います。

政治家が「今こそ地域活性!」とか「地域独自の文化の発信」といった言葉を投げかけていますが、そんな言葉が出る前からすでに東三河ではすでに東三河でがっちりと独自の文化を形成しているからこそ、東三河の地域にがっつりと密着した「みかわスポーツワールド」という東三河の地元の人たちが楽しめて、知人や友人そして家族が登場するようなウェブサービスにケーブルテレビで放送ということが可能なんだと思います。

人気のスポーツはなに?

すっかり野球よりもサッカーのほうが、子ども達に人気が高くなっているように思えますが、そうはいっても春と夏の甲子園に、花園での高校ラグビーも出身校ではなくても、試合がどうなっているのか気になる人もたくさんいます。プロとして世界で活躍している選手が増えれば、当然メディアでも取り上げられてその様子を子ども達が目にして「自分もやりたい!」と思うようになります。

そういう意味では、錦織圭選手の活躍でもともと根強い人気のテニスですが錦織選手のプレーに刺激を受けて、ちょっとてきとーにやっていた子供が日々の練習に熱心に取り組むことになるかもしれません。またゆずることフィギュアの羽生結弦選手の活躍で、どちらかといえば女の子の方が多いフィギュアスケートの競技人口が、男の子も増えたりします。

中学や高校で人気の部活バスケットボールも、田臥勇太選手がNBAフェニックス・サンズに入ったときには一気にヒートアップしました。やはりバスケの本場はアメリカなので、テレビで観るNBAに決して大きいとはいえない身長の173cmの田臥選手が行ったとなると、日本で日々バスケ三昧をしている子ども達に大きな希望を与えた事になります。

サッカーもJリーグが発足してから、プロへの道が見えてきました。そしてさらにはヨーロッパでプレイする選手がかなり出てきたことで、サッカー少年の将来の夢は大きくなりました。Jリーグに入ることから、海外でプレイしてワールドカップに出るというように、夢を描くスケールがとっても大きくなりました。

ダルビッシュ選手も小さな頃はアイスホッケーと野球をしていて、アイスホッケーの練習があまりにもハードすぎてアイスホッケーではなく野球の方を選んで、小学校2年生から野球にしています。練習の厳しさではボーイズリーグで一番といわれるほど厳しい野球チームに入って、厳しい練習をかせられますが他のメンバーと同じように厳しい練習は嫌いで不真面目な選手ではありましたが、チームの仲間が大好きで練習は嫌いだけどこの仲間と一緒にいたいという気持ちがあったからこそ、厳しいチームであっても残っで野球をやめるということはなかったのでしょう。

アイスホッケーをやめて、厳しいといわれる野球チームの「全羽曳野ボーイズ」で小学校そして中学校とプレーをしていますが、中学校3年生の時には既に身長180センチメートルというからかなり驚きます。恵まれた身体に、しなやかなフォームで中学生のときには130キロメートル台の速球をビシバシと決めていただけではなく、園当時ですでに変化球は5~6種類も操っていたとか。

中学3年生の時にはエースとして所属していた「全羽曳野ボーイズ」を全国大会でベスト8、そして世界大会では3位という成績を残しているので、小学校中学校を通じて「全羽曳野ボーイズ」のメンバーとして頑張った結果でしょう。こちらの野球チームは、とにかく練習が厳しいといわれていますがレギュラーと控えで異なるメニューをやらせることもなく、レギュラーでも同じ練習メニューをこなします。ダルビッシュはこのチームで14期生ですが「全羽曳野ボーイズ」を卒団した後は高校野球の名門チームのひとつでもある東北高校へ進学しています。

ダルビッシュ選手が、全羽曳野ボーイズの中で野球の才能を開花させたのは中学校3年生の時だといいます。いきなり才能がどーーーーん!!になる前には、厳しいハードな練習があってこそです。辛い練習メニューをしっかりととして着実に日々こなしているからこそ、仲間と一緒に汗を流して頑張ったのでしょう。野球少年として厳しい練習の他に、チーム競技ならではのことも学んでいます。

中学校3年で身長180センチメートルというのは、かなり恵まれた体格でそして持ち前のしなやかなフォームで中学生の中でも、ひとつ頭が抜きん出た存在であり圧倒的な投手力を持ってチームを引っ張っている立場でありながらも、野球は9人でプレイするものという考えが中学生の時点で分かっていたことが凄いことだと思います。ある試合の時に、相手のチームをゼロ点と無安打で抑えていた試合で、自分のチームは点が取れない。そんな場面でも、どーして撃たないんだ!!!と怒りを出してもおかしくないような試合でしてが、仲間にイラつくこともなく結果的に1点とられれたしまい負けてしまいますが、バットに当てさせてしまった自分が悪いと、点を取れなかった仲間に対して怒ることなど一切ないというのは、チームプレイをするうえでとても大事なメンタリティです。

地元の野球少年のひとりとして、仲間達と切磋琢磨して河川敷でボールを追いかける日々があり仲間達と厳しい練習を愚痴ったり、そして一緒にさばったりということも、すべてがムダではなくチームメイトを信頼する、野球はひとりでやるものではないという当たり前のことでありながら、ピッチャーという自分のポジションもあり、とかく「オレのピッチングでチームを勝たせた!」的なメンタルに陥ってもおかしくないだけに、チームプレイということを中学生の時点でしっかりと理解していたからこそ、あれだけのピッチャーになったような気もします。